車中泊事始め【年表】

・10代から自転車で中部地方を野宿旅

・20代前半はその延長線上で
日本一周笛吹行脚の旅

・24歳(1984年)中古の軽四スバル・サンバーを入手。車中泊の旅をするようになる。

・28歳(1989年)サンバーが寿命を迎え、先輩に譲ってもらったニッサン・シルビアでコックピット車中泊になる。この形態で「日本のスミレ」の取材に突入。

・31歳(1991年)ニッサン。サニー・カルフォルニアを中古で入手。荷室車中泊へ。

・34歳(1994年)三菱・デリカスターワゴン・ポップアップを入手。

・40歳(2000年)デリカのセカンドシートを外して、キャンピングキャビネットを自作。

・45歳(2005年)デリカ33万キロで寿命を迎える。ホワイトハウス・ウィークエンダー(ステップワゴンベース)を入手。即セカンドシートを外して、キャンピングキャビネットを自作。

車中泊事始め【自動車編】

スポーツクーペのコックピットで車中泊

スバルサンバーで始めた車中泊、残念ながらそのクルマは事故車だったこともあって、長持ちしなかった。

ラジエーターの水がすぐなくなるので、ペットボトルの水を常に携帯して走っていた。ひどい雨の日には、エンジンが吹かなくなる。しまいには、リアサイドのガラスが割れて、ダンボールを貼って走っていたところ、会社の先輩がシルビアを廃車にするというので、安く譲ってもらった。

プロになってしばらく、このスポーツクーペで取材をこなしていた。適当な空き地にクルマをとめ、コンビニ弁当をかっこんで、コックピットのシートを倒して眠る。30代だからこそできた車中泊生活である。

目が覚めてシートを立てればすぐに撮影モードに入ることができる。今にして思えば、一番よく仕事をしていたともいえる。
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車中泊事始め【野宿編】

文字通りの野宿が出発点

思春期の頃、なにより欲しいと思ったのは自由だった。自転車という乗り物と野宿の技術。その二つで、どこへでも好きなところに行ける。そうとう自由になれる気がした。

16歳の夏、毛布を二つ折りにしたものを、自転車カバーで手作りしたシュラフカバーに入れ、野宿を始めた。

軒を探すという知恵さえなかったので、空き地にシュラフカバーを広げて眠るだけの、文字通りの野宿だった。

どこでも眠ることができるという自由さが、快適さや清潔さなどよりはるかに大切だと確信していた幸せな年頃だった。
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必携の撮影装備

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30年くらい前、梅雨末期に北岳に登った。2、3日まっていれば、梅雨明けの劇的な晴天を山上で迎えることができるのではないかと期待してのことだ。

肩の小屋に投宿して天候がよくなるのを待った。仲良くなったのは、山から富士を狙う初老の二人組。ねらいはキタダケソウと富士の一点だけだという。レンズは一本、フィルムは最小限、三脚もローアングル用の小さなもの。

その割には荷物が多いと思ったら、次から次へと、酒とともに自作だというつまみの酢漬けのタッパなどがでてくる。

そして、ここまで自分の足で担ぎあげたというのに、惜しげもなく、見知らぬ若者(当時)に振舞ってくれる。
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日本一周笛吹行脚

IMG-0004旅をしながら生活をすることは可能か?

20歳のころ、痛烈に旅に憧れた時期がある。

梢を湿った風がざわざわと揺らすのを聞いて、いてもたってもいられなくなって自転車に飛び乗ったのは大学2年の夏休み前だった。
芭蕉のいう
「そゞろ神の物につきて心をくるはせ、道祖神のまねきにあひて、取もの手につかず。」
という状況である。 続きを読む

ありきたりの自然のなかにあるメッセージ

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植物を見ることに楽しみを覚えると、だんだんありきたりの種類を見たのでは物足りなくなってくる。北の山や南の島に足を伸ばして、その場所でしか見られない植物を見ることは楽しい。

しかし、交通の便がよくなり、インターネットの情報も巡らされ、そんな孤高の固有種も今や誰もが気軽に見ることがかなうものになってきた。

それらに興味を持つことはいいことだが、同時に、限られた植生に観察する人が押し寄せることの弊害も考えなくてはならない。
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旅をせんとや

旅は多くの生物の雄に宿命づけられた掟のようなものである。

飼い猫の子も雄はすぐにいなくなる。被子植物の雌蕊は花を咲かせて柱頭を残すが、雄蕊は花粉を風や虫に託して旅をさせる。

もっとも、人間を始めとして哺乳類の雌の中には雄以上に旅をする個体もあるようなので、一概に雄の特権とは言えないが、少なくとも、多くの生物にとって、旅は雌雄にかかわらず、遺伝的多様性と種の保存に大きくかかわる根源的な習性であることはまちがいない。

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植物との出会い方

「プロの植物写真家だから、あらゆる手段を使って、まだ見ぬ植物を見に行く。」 そう思われるかもしれない。

以前はそうだったかもしれない。それぞれの地域のフィールドに精通している人を頼って、めずらしい植物が自生しているところを案内してもらったりした。

30代くらいの頃だったろうか。それが急にむなしくなったことがある。

何の苦労もなく、案内してもらって、「ハイここですよ」といわれて写真を撮る。それはまさに「仕事」である。 続きを読む